啓示が聞こえる!は理解できないのか。

ありがたい話で。
連日、誕生日のお祝いをしてもらっています。

例年、身体を壊すくらい祝ってもらっていますが、
今年は落ち着いて飲めるようになりました。

日々感謝。

昨日は、知人のコンサルタントや
友人の高単価の先生、コンサルパートナー様、
そして社内のコンサルタント。

コンサルタントしかいない会食は、
どうしてもコンサル話になりまして・・

その中で、印象深かった話をシェアします。

啓示が聞こえる!

尊敬している仲間でもあるコンサルタントは、

「日々、啓示が聞こえる」と言っていました。

そこだけ聞くと、
どうしちゃったんだろう?って感じですが、

どうやら、日常の物事に
「意味を見出すチカラ」
「活用する方法」
「洞察力(右脳的な意味でも左脳的な意味でも)」

が人並み外れているんでしょうね。

意識/無意識に関わらず、
目の前の人が行っている行動は、
全て意味を持っています。

よく言う話だと、
店員さんに話しかける姿や、
食事を取る順番。

飲食店で指摘されることとして、
メニューを見てから、
注文を決める人や

メニューを見ずに
注文を決める人

食べないと
好きか嫌いかが分からない人もいます。

理解できないことは受け入れられないのか?

ここで大切なことは、
「啓示」に気がつけるくらいまで
鋭くなれ!という話でも

どのタイプが良いという話でもありません。

自分とは、タイプが違う人がいる。
それを認識して、
目的に応じて、方法が変えられるゆとり。

これを持っていることが
成熟への第一歩です。

ちなみに、プレイヤー目線
(主観目線)で物事を観る人ほど

自分の外の物事に、意味を見出す
言うなれば「啓示力」がついていきます。

この辺りの話は複雑になるので、
機会があればお伝えしたいですね。

小川晋平 name
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